2026/08/04 16:33



古着を手に取ると、迷うことがあります。

擦れた袖口、ほどけた縫い目、小さな穴、褪せた色、以前の持ち主が施した補修。それらをどこまで直し、どこまで残すべきなのか。

傷をすべて消して新品の状態へ近づければ、必ずその服がよくなるわけではありません。きれいに整えたことで、その服を古着として選んだ理由まで薄れてしまうことがあります。

一方で、何でも「味」と呼んで放置すればよいとも思いません。

進行する破れは服の寿命を縮め、弱った縫い目は、次に着る人の身体の上で切れます。

犀角舎では、傷があるかどうかではなく、その傷が服の時間を伝えているのか、それとも、これから着る時間を奪おうとしているのかを見ます。

残したい傷

日焼けによる色の濃淡、袖口や襟の擦れ、洗濯を重ねた布の柔らかさ、安定していて広がる様子のない小さな穴。

こうしたものは、服の機能を損なわず、着用にも大きな支障を与えません。

とくに褪色や擦れは、その服がどのように着られてきたかを伝えます。肘、膝、襟、ポケットの縁。身体や手が繰り返し触れた場所だけが変化し、服の表面に以前の暮らしの輪郭が残っています。

均一ではないことを理由に、すべて染め直したり、削れた部分を覆ったりすれば、その輪郭も消えてしまいます。

傷が服全体の表情と馴染み、これ以上進行せず、着ることを妨げないのであれば、私はできるだけ残したいと思います。

直したい傷

力のかかる場所に生じた破れは、そのままにはしません。

股、脇、肩、ポケット口、ボタンホール。動くたびに広がる穴や、糸が抜け始めた縫い目、薄くなって今にも裂けそうな生地は、早めに補強します。

これは傷をなかったことにするためではありません。その服の時間を、そこで終わらせないための補修です。

補修も、必ずしも元の状態へ完全に戻す必要はありません。

服によっては、表から見えないように繕うより、当て布や刺し縫いの跡を残したほうが自然なこともあります。大切なのは、補修だけが新しく浮き上がらず、その服がすでに持っている色や布の表情に馴染んでいることです。

直した事実を消すのではなく、服よりも少し静かな補修にする。そのくらいが、私は好きです。

以前の補修を残す

古着には、前の持ち主が直した跡が残っていることがあります。

色の違う糸、少し曲がった縫い目、形の揃っていない当て布。技術的には、もっときれいに直せるかもしれません。

けれど、不完全だからという理由だけで、それを取り除く必要はないと思っています。

その縫い目には、服が傷んだときに捨てず、もう一度着ようとした人の判断が残っています。傷だけではなく、傷に手を当てたことも、その服が経てきた時間の一部です。

補修そのものが弱っていなければ、それもできるだけ残します。

「味」という言葉に逃げない

古着を扱う側は、傷を簡単に「味」や「雰囲気」と呼ぶことができます。

しかし、売り手がそう呼んだからといって、傷が欠点ではなくなるわけではありません。

同じ褪色を美しいと思う人もいれば、気になる人もいます。小さな穴を服の表情として受け入れる人もいれば、自分が着たときに広がらないか不安に感じる人もいます。

傷をどう受け取るかは、見る人に委ねるべきものです。そのために、売り手は場所や大きさ、貫通の有無、補修の状態を、写真と言葉でできるだけ正確に伝える必要があります。

傷の解釈は見る人のものですが、情報を隠さず差し出すことは、扱う側の役目です。

また、落とせる汚れや臭い、カビまで時間の痕跡として残すことはしません。それらは服の表情ではなく、劣化を進めるものだからです。

古さを残すことと、手入れをしないことは別のことです。

次の時間へ手渡せるところまで

古着の傷をどこまで残すべきか。

一着ごとに違うため、決まった答えはありません。

私が目安にしているのは、その傷を残したままでも、次の人が安心して着続けられるかどうかです。

服の表情として留まっている傷は残す。着るたびに広がり、服の寿命を縮める傷は直す。以前の補修も、その役目を果たしている限りは残す。

すべてを新品へ戻す必要はありません。

ただ古いまま放置するのでもなく、その服が次の人の時間へ入っていける状態に整える。

残すのは、すでに刻まれた過去の時間です。

直すのは、その服にこれからも時間が流れるようにするためです。